馬を調教する過程は、敢えて語弊を恐れずに言わせていただくならば、人間世界に馬を引き込むこととも言い換えられる。ハミや鞍などの装具をつけた状態に慣れ、馬が乗り手を信頼し、多少の音や事態にも驚くことなく平静を保ち、乗り手の言うことを聞けるようになることが理想的である。そして最終的にはすべての装具なしに小さな合図で人と馬のコミュニケーションが成立するように、馬自身が自らの脳を使って正しく判断し考えられるようにすることが大事だ。
今回は、馬に装具をつけることへの“許し”をもらって馬との会話をスムーズにするところからスタートした。ホルターを見せてジョインアップし、ロープで、馬の全身をなでた後、ロープの先を体や肢などに軽く投げ上げる。
このとき、馬が立っていることで大丈夫だと自ら気付くまで一定のリズムで行うとロープの末端も手の延長として馬は認識できる。こうして、その人物が持つものすべてが警戒の対象ではなくなっていく。前号でもお伝えしたとおり、人間の力は馬にはかなわないので、ホルターをつけることはある程度制御しやすくするためでもある。
馬との信頼関係を築くステップとして、α(リーダー)である人間の合図を受け入れやすくさせよう。どういう精神状態であっても馬が脳を使って考えるようにすれば、恐怖心や警戒心からαである人間に体当たりすることもなくなるだろう。その際に大切なのは馬との距離感と間の取り方に気を配ることだ。人を怖がらず、かつαとして認識する、その絶妙な距離感を身につけるよう日頃から心掛けよう。
そこで今回は、ホルターのロープを揺らして馬が後退を学ぶメソッドをご紹介する。最初は小さく、優しく揺らし、それから馬の肢が動くのに十分な間をあけてホルター全体が揺れるぐらいに動かしてゆく。馬がそのときに感じる不快感から逃れようと下がった瞬間にリリース(開放感⇒揺らすのを止める)をあげることで馬は自ら下がることを選択するようになる。ここでのポイントは、馬が考えるまで“待つ”ということ。つまり「下がって楽になった」と馬が感じるようにすれば、馬は「下がれば楽になる」と自らの脳を使って考えるようになるのだ。距離と間を取りながらロープを振り、馬がバックして止まったときにすかさずリリースをあげ、ロープへの警戒心をなくして停止することを合図できるようになれば、人間はαとしての「約束」=「ロープを振ったらバックして止まる」を作ったことになる。
馬の調教に関してはまず最初に停止の合図ができれば、走りの合図も可能というわけだ。
このように馬との信頼関係を築く上で大切なことの一つが、“プレッシャー&リリース(緊張と解放)”である。今回の場合では、ロープが張って引っ張られている状況がプレッシャー、緩むときがリリースとなる。ロープの緩みが楽に感じられると、馬はロープをつけていても安心だと感じる。両者の間が緊張状態である場合は、馬の頸を左右にストレッチさせてみよう。これは、馬をリラックスへと促す効果がある。
逃げることでリラックスできる馬は、見慣れないものや聞き慣れない音などの遭遇するとまず逃げようとする。人間社会に存在するものや音に対しても、最初は同様の反応をする。これでは共存関係を築くことが難しいので、根気よく人間社会でのものや音になれさせていくことが重要なトレーニングとなる。