ホースクリニシャン・宮田朋典の共生メソッド05_引き馬トラブルの解消法

ここでは、引き馬のときに起こりがちなトラブルの解消法を。まずは「何が起こっているのか?」を理解するためにも馬のことを知ることが大切。まずは相手を知ることで、力を行使するやり方を捨ててみよう。

Practice 2018.09.05

ホースクリニシャン・宮田朋典の共生メソッド05_引き馬トラブルの解消法

4段階に分けて次第に馬への圧力を強めていく。フェーズ4と呼ばれるこのしつけ方を繰り返すことで、僅かな力で馬が反応するようになる。

フェーズ4で学習させてゆくと、馬自らがロープのゆるむ場所を見つけるようになる。

 自然と馬がついてくる引き馬の極意を前回ではお伝えした。今回は初心者にありがちな、引っ張っても動かない場合にどうするのか? その解決法のひとつをご紹介したい。馬の心理学では、フェーズ4(フォー)というしつけの際の手の使い方がある。ワン、ツー、スリー、フォーの4段階で徐々に力を強めて引いてゆく。4(フォー)の強いプレッシャーで前へ進んだら、1(ワン)に戻す。最終的には1の時の軽い力で進むようにさせよう。小さなアクションで、馬が動いてくれるようにもっていけるほうがよいからだ。では、なぜ4なのか? 行動学の経験値においては、馬に気付かせるために4段階のステップが必要とされる。

 最初から大きな力が働くと馬はパニックを起こしてしまい、小さな力を捕らえられなくなってしまう。元来、臆病で、驚いているときに物事を考えられない性質をもつので、小さな力のインプットからゆっくり教えていく必要があるのだ。馬が何かしらの抵抗を示したときに、フェーズ4でαを維持できるようにしてみよう。人差し指から力を入れ始め、中指、薬指、小指と指を折ってフェーズ4をつくる。そしてリリースのときは、親指の付け根でロープをしっかりと支えよう。馬が反応を示したら、即座にリリースをあげるのを忘れないことが何より大切だ。

フェーズ4でのロープの握り方と、リリースの時の手の使い方。

 

その際は、馬の稼動域をじゃましないようにステッキの幅程度のロープのゆとりを取るのがポイントだ。もし、馬が前へ行き過ぎ、飛び出してしまったら、ロープを振ってバックさせよう。また、馬がまったく動かないときは正面から距離をあけて引っ張り、後肢のバランスを壊してみよう。力任せに引っ張って逆に引きずられないように注意しながら、前に来たら楽になるんだと馬に分からせることが大切だ。リリースを与えて前にきたら楽だと繰り返し繰り返し伝え続けよう。

 与える指示が馬にとって意味をなすものになるには、αのフィーリング、エモーション、そしてフェーズ4が必要だと覚えていてほしい。馬は人間以上に空気の波動さえも読める動物なので、「こうしてほしい」というαの感情は波動として伝わる。

 ただ、その際は目を見て指示を出すことを忘れずに。いつも見ていると与えた指示が馬にとって重要なものでなくなってしまい、的確な合図にならない。必要な場面で必ず目を見て指示を送ってほしい。

ホルターの根元を掴みすぎると、馬は逃げ道を失い、反抗を増やす。顔周りを触られたくない馬は、チェーンをかみ束縛から逃れようとする。このサインを見逃さなければいきなり腕をかまれた!というアクシデントも回避できる

 前回、引き馬に際してのホルターの持ち方についてご紹介したが、ホルターの根元を掴みすぎると、馬は逃げ道を失い、反抗を増やす方向に行ってしまうことがある。ロープはゆとりのある位置で持つことが大切だ。そしてこれはプライドの高い牡馬に多くみられるが,顔周りを触られることを嫌う馬もいる。そういう馬は、ホルターとロープを繋ぐチェーンを噛むことで束縛から逃れようとする場合がある。自由になりたいという心の現われだが、このサインを見逃さなければいきなり腕を噛まれた! というアクシデントも回避できるだろう。ただ、遊びや癖でかむものもいるので、多くの馬で経験値を増やしていくことも大切だ。

 引き馬トラブルは、馬の感情や体の不具合の早期発見にもつながる。よって思うようにいかないからとマイナスに考える前に、どうして馬が反抗的な行動に出るのか、その際に馬がどんなサインを送ってきているのか、その合図を受け止めてほしい。

ウエスタンスタイルの人の立ち位置(左)とブリティッシュスタイルの立ち位置(右)

 

最後に、引き馬についての豆知識をご紹介したい。豆知識ではあるが人馬の気概と関係を語る上では大切な情報である。それはウエスタンとブリティッシュにおける、引き馬の際の人と馬の位置関係の違いについての考察だ。ウエスタンでは馬はあくまで、パートナー。しかし、人が御する存在であることには変わらないので、主従関係を明確にするために、あまり強くは引っ張らない程度に人が少し前を歩くようにする。一方、ブリティッシュでは、馬自身に困難へと立ち向かう気概を持たせるために、馬を人よりも少し前に歩くようにさせる。そして整列したときに、気概を漂わせた馬の頭がそろって一列にズラッと並ぶ姿は権威を示すものとしても重要だったのだ。

 また、引き馬の際の馬と人との距離は、近すぎても遠すぎてもよくない。馬の稼動範囲を阻害することなく、「お互いが共存できる場所で立ち回ることが重要」と宮田氏は指摘する。適切な距離は、両手を広げた一尋(ひとひろ)の長さ、クリニシャンステッキの長さぐらいが目安だと覚えておこう。

● 宮田朋典(みやたとものり)
1971年5月生まれ。米国などで馬の心理学、行動学、装蹄学、ロジックトレーニングを学ぶ。バイオメカニクス理論をベースとして、競走馬、競技馬、セラピーホースなどの調教を行う。
初心者からプロのドレッサージュライダー、さらには競馬ジョッキーにいたる騎乗者を対象としたクリニック指導、競走馬やドレッサージュ馬などの再調教(月に約250頭)や、ウィスパリングを軸としたナチュラルホースマンシップの講習会などを全国各地で開催する。
加藤ステーブル、宮崎ステーブル、宮崎ステーブル、足利市グランドポニー所属