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妖艶な魅力を湛える、スパニッシュホースの躯体美

スペイン南部に位置する闘牛とフラメンコ発祥の地、アンダルシア。この地はシェリー酒のふるさとであり、美しい名馬の産地としても有名だ。アンダルシアンとよばれる馬の妖艶ともいえる容姿と、その優雅でありながら力強い躍動感は、昔から人々を魅了し続けてきた。Photos & Text:Yoko Yamamoto

Lifestyle 2018.09.18

妖艶な魅力を湛える、スパニッシュホースの躯体美

突進してくる牛の頭に帽子をかざして観客を沸かせるレホネオドール(騎馬闘牛士)。牛との驚異的な距離の近さはレホネオドールの真似をして、実際に自分で手を伸ばしてみると実感できる。

アンダルシアンの持つ美しいアーチ状の曲線を描く首や丸みを帯びた体型、豊かなたてがみと尾は妖艶で女性的なのに、時おり見せる動きは力強く男性的。

 優美な姿で世界中に多くの愛好者を持つスペインの名馬、アンダルシアン。実はアンダルシアンとは「アンダルシア地方の馬の総称」であって正式な品種名ではない。スペインでは1912年よりスペイン産純血種をP.R.E(Pura Raza Espanola)、それ以外の雑種のことをアンダルシアンとして区別するよう定めたが、日常的には両者は一括してアンダルシアンと呼ばれている。この地には1000年以上の歴史を持つ純血種の牧場だけでも900以上あるといわれていることから推察しても、いかに多くの馬がこの地で生産されているか想像がつくことだろう。

 純血種と雑種に2分されるアンダルシアンは、更に軍馬系と寺院系に分類される。軍馬系は小柄で癇が強いのに対し、かつてカルトゥーハ寺院の僧侶によって他種と交配することなく血統を守り続けられた「王家の血統」と言われる寺院系は、大柄で温厚な性格をしている。アンダルシアンの多くは葦毛だが、その白さは純白と言うよりも真珠の光沢をもつやや黄色味がかった色をしており、それが一層この馬を上品にしている要素といえよう。真珠のような輝きは、毛の中の空洞による光の屈折によるものだといわれている。

 アンダルシアンといえば彼らから連想される代表的なものは三つある。世界四大古典乗馬学校の一つである『王立アンダルシア乗馬学校』、闘牛の原型である『レホネオ(騎馬闘牛)』、セビリアの春祭りにならぶ『ヘレスの馬祭り』だ。

 王立アンダルシア乗馬学校は4年制で、スペイン内外から大勢の入学希望者がやってくるが、入学が許可されるのは毎年17歳~24歳を対象とした4名のみ。教官と生徒を合わせても僅か40名ほどにしかならないが、学校には常時150頭前後の馬がいる恵まれた環境なのだ。

 古典馬術ではスポーツ馬術とは違う動きをするが、特徴的なのは宙に舞うさまざまな跳躍という動作があることではないだろうか。本来馬術とは戦場で敵を威嚇するために発達したもので、これらの技術は当時の名残である。

闘牛場の駐車場で観衆に囲まれながら準備運動をするレホネオドール(騎馬闘牛士)と、 豊かなタテガミと尾をそよぐ風に揺らしながら馬祭りの会場を闊歩するアンダルシアン。騎手にはコルドベスという正装が義務づけられている。

 レホネオ(騎馬闘牛)は本場スペインでもその開催数が少ないために、なかなか見ることができない。しかし現代の闘牛の原型である騎馬闘牛は、ステイタスの象徴として11~18世紀の貴族の結婚式では盛んに催されていたとされる。

 突進してくる闘牛にも決して怯まない勇敢なアンダルシアンの特別な血統は、何世紀にもわたり限られた生産牧場によって守り続けられてきた。レホネオドール(騎馬闘牛士)のほとんどがその生産牧場の子息で、彼らは自宅の牧場で生産した馬を調教、自宅の闘牛場で実際に闘牛を使った実践を繰り返し、自ら馬を率いて闘牛場に赴く。

 闘牛場での人馬の姿は闘うというよりも舞うといった方がふさわしい。闘牛場での馬たちは、普段私たちが競馬場や乗馬クラブで目にすることのないような動きをみせてくれる。普通の馬なら猛進してくる牛に恐れをなして逃げてしまうというのに、彼らは逃げるどころか時には左右にステップを踏みながら後退して牛を刺激し、おびき寄せておいてギリギリのところで身をかわすというような駆け引きをしてみせる。それは騎手に指示をされるというよりも馬自らの意志で楽しんでいるかのようにさえ見えるのだ。実際に騎手が両手を放していても疾走する牛との距離をきちんと保ち、時には騎手の指示を無視して独自の判断で行動する彼らは、自分がやるべきことをちゃんと理解しているのであろう。

 

馬祭りに参加する馬車はたくさんの鈴と毛糸のボンボンに彩られる。ボンボンの色は馬車によって様々だが、お洒落な御者は自分の馬車馬のボンボンに合わせた色のバンドレロという衣装をまとう。

 ヘレスの馬祭りは毎年5月に開催されるアンダルシアンの大イベントだ。王立乗馬学校でこの祭り限定の夜間公演が2回開催されるほか、レホネオやスペインならではの競技会や品評会、多数の馬具屋の出店などの楽しい催し物が見る者を飽きさせない。

 中でも有名で最大の催し物はパレード。パレードといっても列をなして整然と行進するわけではなく、あらかじめ登録された400頭あまりの馬や馬車が午後3時~8時の間、祭りの会場を勝手気ままにねり歩くのだ。2時を過ぎると会場付近の道路は通行する車に混じって、祭りに参加する馬や馬車で大混雑。男女ともに騎手にはコルドベスというコルドバ地方の正装が義務づけられており、シェリー酒のふるさとだけあって馬上でグラスを片手に闊歩する姿も珍しくない。シェリー酒は地元の有名なボデガ(酒蔵)が無償で振舞うというから驚きだ。男性騎手の後ろにフラメンコの衣裳姿で横座りをしている女性も大勢見かけるが、馬の歩みに合わせてドレスの裾がゆれる様もなかなか美しい。

アルベロと呼ばれるアンダルシア地方特有の黄色い土が使われた乗馬学校の校舎がスペインの青空に美しく映える。そして、学校のショーで見られる牛追いの棒(ガロチャ)を使った「アコソ・イ・デリーボ(Acoso y derribo)」と言われる演技。

 アンダルシアンの持つ美しいアーチ状の曲線を描く首や丸みを帯びた体型、豊かなたてがみと尾は妖艶で女性的なのに、時おり見せる動きは力強く男性的。この馬は両性の魅力を持つことで人々を魅了し続けてきたのだろう。

 アンダルシアンと言えばスペイン常歩という独特な歩様で有名だが、ゆったりと前肢を高々と上げながら宙を掻いて歩く様は他の馬には見られない歩様なのだ。アンダルシアでは騎馬警官までが得意そうに観光客の前でその歩様をやって見せてくれるが、陽気なお国柄ならではともいえる。

 普段の歩様も独特で、前肢を外に振り出して歩くという特徴がある。しかしこの歩様はスポーツ馬術の競技会では得点には結びつかず、残念ながらアンダルシアンの姿は今の競技会では滅多にみることができない。祭りの期間中に開催される競技会はスポーツ馬術のそれとは違い、スライディングストップなどウェスタンの競技内容に酷似している。それもそのはずで、アメリカのカウボーイの技術はもともと15世紀末にコロンブスによって多くの牛とともに、アメリカに持ち込まれたスペインの馬文化なのである。