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馬と共に生きる町_ドイツ・ヴァーレンドルフを訪ねて

ドイツ西部にあるヴァーレンドルフ。ここは、ドイツ馬術の重要機関が集中する馬の町なのだ。今回はドイツ馬術界の一翼を担うヴァーレンドルフの馬事情をご紹介。Photos:Yasuo Konishi

Lifestyle 2018.12.21

馬と共に生きる町_ドイツ・ヴァーレンドルフを訪ねて

騎乗技術の研鑽だけではなく競技におけるコース設計や乗馬クラブを運営するためのさまざまなノウハウが学べる国立の乗馬学校。ここで年に1回行われる「スタリオンパレード」はまさに一見の価値あり。ここで繰り出される技のほとんどが超がつくほど難易度の高いものばかりだ。

■馬産の聖地、ノルトライン=ウェストファーレン州立ファーム

 これまでドイツの馬術の強さを問うたびに多くの人が「ブリーディング」と答えを返してきた。ドイツ北部を中心に大小さまざまな規模でブリーディングが行われている。国や州など公の施設で行っている場所も国内にいくつかあるが、その中のひとつがここヴァーレンドルフにある州立の施設だ。ここでは伝統的にスタリオンだけを繁殖している。馬種はハノーバー、ウェストファーレンなどの中間種と、サラブレッド、さらに農耕用の冷血種、ノーザンウェストファリアだ。この農耕馬は実際の農耕に現在では必要とされているわけではないが、ここでの繁殖が絶えると馬種そのものを失う恐れがあるため公の機関ゆえの責任として繁殖を絶やさないようにしているのだ。

 スタリオンの交配の時期は2月から8月の7カ月間で、施設内だけでなく、中には種馬として20カ所ほどの施設にそれぞれ送られる馬もいるとのことだ。取材で訪れたときは、1カ月ほど前にすべてのスタリオンが戻ってきたところだという。

施設内は緑が多く、施設の隅々まで丁寧に整備されている。その中でも正面中央にあるこの中庭は四季折々の花が楽しめるように計算され尽くした手入れが施されている。

 

 この施設は1826年、まだこの地域がプロイセン国でラインラント州、ウェストファーレン州とふたつの州にわかれていた頃、両州の馬のブリーダーからの要望で設けられた。戦後、ノルトライン=ウェストファーレン州立の施設として生まれ変わる。創設時から優れた馬を生産することを目的としていたが、大きく変わったのは繁殖する馬種だ。戦前は農耕馬がもっとも重要な馬種であり、8割方は農耕馬で一部乗用馬を生産していた。前述のように現在はその割合が逆転し、農耕用馬は種の保存のために生産されている。

 厩舎は敷地内のあちこちに設けられ、合わせて200頭ほどの馬が飼われている。どの建物も石造りの歴史を感じさせる重厚な作りで、伝統の重みがひしひしと伝わってくる。ここでは馬の繁殖に関するさまざまな情報を集め、最新の情報や技術を一般に伝える役割も果たしている。

 さらに馬の状態やクオリティを査定する法的な機関としての機能もはたしている。求められる査定の内容によって30日から70日にわたり馬の状態を観察し、技術を確認した上で公式の書類が作成される。ここでの評価がドイツ国内において大きな価値を持っているのも、その厳格かつ緻密な査定体制にあることはいうまでもない。

 この施設は無料で一般に開放されており施設案内のツアーも組まれているので、馬の町を訪れたならば、ドイツの馬産の現場をぜひご自分の目で確かめてみてはいかがだろう。施設内の歴史的建造物や美しい庭など、見所もたくさんある。

■馬に関するプロを育成する、国立の乗馬学校。毎年秋に開催される「スタリオンパレード」は一見の価値あり

馬を先導させて騎乗者が後から歩む、一見何でもないように見えるが実はかなりのだ高等技術。障害飛越も演目のひとつ。高く跳ぶだけではなくいかに美しく飛越するかも見所。

 

 ノルトライン=ウェストファーレン州立ファームには併合する形で国立のドイツ乗馬学校がある。この学校は戦後に誕生したもので、馬に関わるプロフェッショナルを育成するための機関だ。ここでのカリキュラムには乗馬から厩舎経営、繁殖など、馬に関するさまざまな内容が含まれている。

 この学校で学ぶほかに、外部で研鑽を積んだ後に試験のみをここで受けることもできる。ここでの試験を通してベライターという馬業界におけるプロ資格を取れば厩舎経営などが許可される。また競技会の審判、障害のコースデザイナーなどの育成も行っている。

 州立ファーム内に国立の乗馬学校があるので乗馬学校はファームの馬を活用でき、ファームでは乗馬学校の生徒に馬を調教させることによって高いレベルの騎乗技術を習得できるという相互補完関係にある。 毎年、繁殖の時期を終えるとこの高い技術を一般に披露する「スタリオンパレード」が行われる。パレードというがその内容はかなり充実した馬術ショーそのものだ。毎年9月から10月にかけて4日間程度の日程で開催されている。 さて、この「スタリオンパレード」の当日の様子についてお伝えしよう。イベントのスタートは午後2時だが、11時ごろから観光バスが乗りつけ、次から次へと人々が降りてくる。会場にはさまざまな馬具用品や服飾小物の販売や、飲食などを扱う屋台が軒を連ね大勢の人で賑わいを見せている。観客たちはショーが始まるまで、ショッピングを楽しんだり、厩舎を見学したり、食事をしたりと思い思いの時間を楽しんでいる。 いよいよ「パレード」のスタート。パレードというが、そのパンフレットのプログラムを見て驚いた。間に休憩をはさみ、20もの演目が並んでいる。また、登場するすべての馬の情報がきちんと掲載されているのがいかにもドイツらしい。

  

日本ではあまり目にする機会がない、馬車競技。2組の馬車が一糸乱れず互い違いに行き交う様子はまさに華麗そのものだ。

 

 さて、20の演目すべてをお伝えすることはできないので、全体の印象をかいつまんでみよう。さすがというかやはりと思うかはともかく、ドイツ人らしい整然としたテンポでパレードは進んでいく。そのすべてが余分な演出を省いた、気持ちいいほど無駄のない展開で構成されているのが印象に残った。次から次へと淡々と演技をこなしていく。つい見逃してしまいそうになるが、その一つひとつの演技は相当に難易度の高いものばかりだ。その高い技術を次から次へと、まるで何でもないかのように繰り出してくる。事実、彼らにとっては日々の厳しい鍛錬の成果としてどんな難易度であっても当たり前のようにこなせるということなのかも知れない。3時間におよぶショーだが、馬とライダーの一挙手一投足を見逃すまいという思いと、そのテンポの良さで飽きることなく過ぎていく。そんな中で、日本ではほとんど見ることができない馬車の演目が挟み込まれるのが新鮮だった。とにかく一つひとつの動きが正確で無駄がない。途中に一度コミカルな演技が挟まれているが、残念ながらドイツ語が理解できないとそのおもしろさも分からないようで、少し残念な思いであった。

 すべての演目が終わるとこの施設の責任者の女性から挨拶があり、最後まで折り目正しく、このあたりもまさにドイツ流ということだろうか。丸一日の馬術ショーに訪れた人々はみな満足げ。馬術がドイツ人にとって質の高いエンタテインメントのひとつであることをつくづく感じた一日であった。

■馬と人が一つ屋根の下で暮らせる場所

マーティンの家。自宅の馬房と外馬場が自由に行き来できる。この地区では馬が自由に歩いていることに驚かされる。この地区の街並み。表からは裏に馬場があることはまったくわからない。

 

 ヴァーレンドルフで馬の町らしさが感じられるところはどこか、と馬業界の人に尋ねたところ、「それは僕の家だね」と返答があった。それではと彼の家にお邪魔することにした。

 DOKRからほど近い場所に彼、マーティン・フィンク氏の家がある。瀟洒な構えの家だが、門から入るととくに変わったところがあるように見えないが、そのまま裏に回るとそこには屋外馬場があり、この屋外馬場は家に組み込まれた馬房と繋がっているのだ。つまり、厩舎と家が合体したようなつくり。馬房の上にも部屋がある。この2階の部屋なら、いつも自分の下には馬がいることを感じながら暮らすことができるわけで、その気配は24時間伝わってくる。馬好きには堪えられない環境であろう。もちろん馬房とリビングはドア1枚で隔てられているだけなので、馬に何かあってもドアを開ければ様子をうかがうことができるのも心強いかぎりだ。現在4頭の馬がここで暮らしている。

 マーティンの案内でさらに奥に進むとそこには馬場と広々とした放牧場がある。この地域の住人が自由に使える共有スペースだという。この地区のすべての家には馬房や厩舎をあり、この地区全体がホースコミュニティを形成している。

 「ドイツのどこを探しても、こんな環境は見つからない。僕たち夫婦も馬を中心においたこの環境が気に入ってこの家を買ったんだ」

 マーティンは乗用馬の調教師で、妻も馬に関連した仕事をしている。

個人宅に併設されている外馬場の先には、このエリアの厩舎付き住宅に住む人たちが共同で使える馬場と放牧場がある。馬好きにとっては至れり尽くせりのロケーションだ。

 

 さらに歩を進めると大きな厩舎が現れる。この厩舎も家とつながっている。オーナーは南アフリカで家具商をしていたギュンター・ハートマン氏。この場所はもともと馬のリハビリ施設だったのを買い受けて厩舎と自宅に作り替えたという。夫婦とも、あまり馬に乗ることはないが馬が好きで、いつか馬と暮らしたいと思っていたのだ。そこで、実際に馬に乗るのはマーティンのようなプロになる。グランプリ馬を持っているからマーティンにとってもトレーニングに最適だ。近隣で持ちつ持たれつ協力し合うのもこの町ならではの馬が取り結ぶ縁。ハートマン氏は今のこの環境が大いに気に入り、ここで暮らす感想をこのように表現した。

 「夢に見たような場所で暮らすことができて本当に幸せだ」と。

 この地域をさらに散策していると、軍の馬術施設に遭遇した。もちろんセキュリティは厳重だが、たまたまこの施設の責任者の弟という人がこの地区に住んでおり、その方が連絡を取ってくれたことで見学することが許された。

 軍の施設であるからここで働く人々は当然軍から給料を支給され、その上、毎日馬術三昧という恵まれた環境にある。また、ここに所属すればどのような大会からも招待され出場が可能だという。ただし、生徒としての在籍は2年が限度。そのあとは多くが軍を離れ馬に関わる仕事に就くという。いずれにせよ恵まれた環境には違いない。

■ヴァーレンドルフ旧市街観光ガイド

橋を渡って向かい側が旧市街の始まり。趣のある古い建築物が多く、広場を中心に長さ1キロほどの街並みだが、街歩きには最適だ。

 

 これまで紹介してきたのはヴァーレンドルフの中でも、馬産業のために新しく開発された地域。馬、馬、馬の世界から一転して、中世から続く小さいながら楽しいヴァーレンドルフの街並みを最後に紹介しよう。

 市街から石橋を渡ると旧市街に入る。まさに石の文化を感じさせる建物群。中世から残るという建物は一つひとつが個性的ながら全体が同じ色調で揃えられている。これは悠久の時間の成せる技。時と共にほどよく色褪せていくことでこの柔らかな統一感が生み出された。またこの地域には観光客を意識したレストランや店舗も多い。

 多くのレストランやカフェでは外にテーブルと椅子を出し、外の空気を楽しめる。北ドイツで太陽を浴びられる時期は限られている。秋の一日、僥倖のような暖かな日に当たり、多くの人が外のテーブルで大ぶりのジョッキーでビールを楽しんでいた。

 ヴァーレンドルフは間違いなく馬の町だが、こうしてショッピングやグルメを楽しめる。馬好きならいつか行きたい町のひとつとして候補にしてはどうだろう。行くならば「スタリオンパレード」の開催される9月から10月あたりの時期がいちばんのお勧めであることはいうまでもない。