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まさに乗馬三昧! 夢のスコットランド“古城街道”紀行

奥行きの深い豊かな乗馬文化が息づくスコットランド。特に北部のハイランド地方では実に多彩な乗馬が楽める。ここでご紹介するのは約230Kmにわたる古城街道。この美しい街道で城に思いを馳せ、鞍上でスコットランドの風景を満喫する。photos:M. S. Park

Lifestyle 2019.01.16

まさに乗馬三昧! 夢のスコットランド“古城街道”紀行

アダム・スミスやジョイスなどの知識人を輩出し、伝統の民族衣装であるタータンで作られたキルトに身を包み、バグパイプに耳を傾ける。豊かな文化が育まれたスコットランドで堪能する乗馬紀行。広大な英国王室の夏の宮殿では、私たちもポニートレッキングが楽しめる。そんな夢の乗馬体験をお届けします。

ロイヤルファミリーの夏の宮殿で乗馬を楽しむ

ヨーロッパで最古の歴史を持つ王国ということもあって現在も数多くの古城が残るスコットランド。歴史の荒波をくぐり抜けてきたしたたかさと変遷に耐え抜いた風格は独特の表情を醸しだし、訪れる者たちを圧倒する。

特にスコットランド北部のグランピアン地方には、美しい城が点在する古城街道と呼ばれる道がある。お伽話に出てくるような城から、美しい庭園に囲まれた城、田園風景の中にポツンと佇む素朴な城など約230Kmにわたって続くその街道沿いに点在する城は、さまざまな歴史とドラマの宝庫だ。中には現在でも貴族の住まいとなっている城もある。

ディー川沿いの風光明媚な地に構えるバルモラル城。1390年に立てられたこの城をヴィクトリア女王が買い取ったのは1852年。夫であるアルバート公が拡張工事の計画を立て1856年に現在の広大な城が完成した。夏の宮殿として、今でも英国王室のお気に入りとなっている。

 

この古城街道の中でももっとも有名なのがディー川に沿った緑深き谷に位置するバルモラル城であろう。150年以上にわたってスコットランドにおける英国王室の居城であり、ロイヤルファミリーが夏の休暇を過ごす場所となっている。イギリスでもっとも輝かしい時代を築き上げたとされるヴィクトリア女王はこの城を私的財産として購入した。この城に見せられた女王は「ハイランド地方における私のパラダイス」と語ったという。標高1000mを越える山々を7つも内包する広大な敷地には豊かな自然が広がり、第一の趣味であった乗馬も心置きなく楽しめる場所であり、愛する夫アルバート公との数多くの思いでも詰まったかけがえのない場所であった。そんな過ぎし日の光陰がこの美しい城を前にして静かに目を閉じると佇むと脳裏にさまざまなイメージが浮かび上がってくる。

さまざまな人があらゆる思惑をもって出入りし、関わり合い、時を過ごした城という舞台。ドイツのロマンチック街道もそうだがここスコットランドの古城街道もまた観光地としての人気は衰えることがない。なぜ人々はそこまで心惹かれるのか。建築的な意匠のすばらしさを見たくて、歴史好きだから、などそれぞれ様々な理由があれども、今回訪れてみて感じたのはヴェールに包まれた秘密を覗き見るような感覚にあるのではないかという点だ。

バルモラル城での早朝のポニーライドは本格的な森林浴を満喫できる。舗装された安全な道を行くため、初心者でも安心。そしてスコットランドらしい景観が美しいディー川沿いの風景。

 

スコットランドという国自体が、自国の文化に誇りを持ち、その歴史に裏打ちされた内に秘める強さを感じさせる国だ。特にハイランド地域では手つかずの大自然に加えて、ゲール語などの独自の言語体系、伝統の民族衣装であるキルトなどのオリジナリティに溢れた文化が存在し、人々もまたそれに対する誇りと自信を隠さない。とはいえ、それをあからさまに誇示することもない。もともと北に暮らす人々は心の内をあまり表に表さない。それでも自らの土地に息づく誇りがその表情に表れることがある。彼らと話をしているとその微妙な表情の変化に、何かがある……、という期待感と共にこの土地への思いが膨らむ。バルモラル城も王族の個人宅でありながら全世界から集まる人々の憩いの場として公開されているが、これもまたこの地でしたたかに生き抜いてきたこの城の秘密を内緒で教えてもらっているようなのだ。

この広大な敷地内には、手つかずの原生林が広がり貴重な種の鳥や約3000頭にものぼる鹿などが生息している。そして普段の公務にいそしむ女王が安らぎを求め、プライベートを満喫する場所であることもあって、ポニー飼育所も併設されている。魚釣りやハンティング、乗馬などを充分に楽しめる環境だ。乗馬を好むヴィクトリア女王もそして現女王にとっても、まさにパラダイスなのだろう。

古城と馬のある風景

広大な森でのポニートレッキングが楽しめるバルモラル城。朝9時半から午前中いっぱいかけて森を巡るコースが特におすすめ。さわやかな風が吹き抜ける高原の、美しい緑と荒涼とした岩肌が共存するスコットランドならではの景観が堪能できる。

 

 今回の古城巡りは、アバディーンというグラスゴー、エディンバラに続くスコットランド第3の都市から始まった。1960年代に北海油田の基地として、また漁港として発展を遂げた町だ。海の潮風を感じながら車を走らせていると、のびのびと馬が放たれている放牧場が目の前を通り過ぎる。大草原に青い空、青い海。日本では考えられないスコットランドならではの絶景だ。放牧場のオーナーとたまたま遭遇したので話しかけてみた。すると「馬が好きだから、飼ってるんだよ。馬も気持ちよさそうだろう」とご機嫌な返事が返ってきた。

 重厚な石造りの建物で統一された町を通り抜けると古城があちこちに見えてくる。ディー川に沿うようにして古城街道は続き、バラ園がすばらしいドラム城を越えると、クラテス城が目に入ってくる。16世紀に建てられた城の中では保存状態がよく、当時の生活を想起するには絶好のロケーションともいえる。手入れの行き届いた庭園では、季節の花々を愛でながらランチを楽しむ現代の人々の姿が、どこか当時の人々の姿と重なり不思議な感覚に捕らわれた。当然、その当時の建物には厩舎もあり馬も飼われていたが、現在ではトレッキングを一般客が楽しむことは残念ながらできなくなってしまったという。

愛らしいフォルムのスコティッシュ・ポニーに乗ってのポニーライドは、充実のひととき。外乗先でのランチタイムに、ポニーをつないでおくためのロープを鞍につければ、楽しいライディングへ向けての出発完了だ。

 

 そして、バルモラル城。ここでは広大な森林でのポニートレッキングが楽しめる。朝の9時半から昼にかけてまわるコースがいちばんのお勧めだときき、早起きをして現地に向かった。少しばかりピリッと感じるほどの涼しい風が心地よい朝。新鮮な空気を肌や体全身で感じながらのポニーライドは格別だった。12歳以上で参加できるポニーライド。今回一緒に体験したスペイン人の女性は、ハイランド地方特有の荒削りともいえる景色と、涼しげな空気に触れて、「その土地、その場所でしか体験できない乗馬を望んでいたから、希望通りだったわ」と話してくれた。

 ちなみに、バルモラル城の広大な敷地は徹底的に管理されており、自然環境の保全に力が尽くされている。だからこそ、数々の貴重な種の動物たちがのびのびと生息している。人が楽しむだけではなく、自然への感謝を忘れず、命の価値を尊ぶ。スコットランドの古城巡りはまさにエコなアクティビティでもあるのだ。自然の心地よさに誘われて、古城を背景に馬に乗るだけで幸せな気持ちになれるのだから。

古城に泊まり、古城で馬を堪能する

港町アバディーンからブレイマーまでの古城街道には、由緒正しき城が立ち並ぶ。各城の庭園も見応え充分。ディー川に沿うようにして街道を進めば途中にたたずむ町並みも、スコットランドらしい石造りの建物が印象的。

 

 スコットランド乗馬紀行の旅は、古城に滞在しながら乗馬を楽しむ形で締めくくりたい。重厚な石造りの建築物が軒を連ねる町並みや古城を背景としたトレッキングだけでは、なにか物足りなさを感じるのであれば、滞在型の乗馬を楽しむのはいかがだろうか。

 首都エディンバラの郊外には古城ホテルも数多くあり、15世紀や16世紀に建てられ増築された由緒ある城を宿泊施設として利用できるものも多い。内部には、レストランやショップ、スパなどを備えており、都市に存在する一般のホテルと変わりはない。部屋数も城の規模によってまちまちだが、現代のホテルと比べれば圧倒的に少ないので、ゆったりとしたステイが存分に楽しめる。

見事な庭園を誇るクラテス城の美しい佇まい。このほかにも室内の美しい調度品に目を奪われるブレイマー城をはじめそれぞれに個性を際立たせた城が点在している。

 

 今回滞在した古城ホテルでは、アクティビティとして乗馬が備えられてはいなかった。そこで、近くに乗馬クラブがあると聞きつけ、馬を貸してもらうことに。ホテル側と交渉の結果、ホテルの敷地内を自由に散歩できることとなった。文化として乗馬が生活に深く根付いている国の、懐の深さによってなせる技だ。スコットランドまできたのだから、15世紀や16世紀にそうだったように、ちょっと、そこまで……といった自転車のような感覚で乗馬を楽しみたい。腕に自身があれば、大きく広がる敷地内を悠々と馬で散歩を楽しむことも、馬に騎乗したままホテルへ帰ることもできそうだ。馬に対して寛容な土地柄だからこそのさまざまな楽しみ方が心の内に沸いてくる。

 人はたくさんの恵みを享受していながらもそれに気づいていないことが多い。スコットランドでは、先人が残してくれた多くの恵みを大切に活用しながら、次の世代へと引き継いでいこうとしている。いにしえの建物を現在に活用し、この地ならではの風景を生み出そうとしているのもその試みの一つだ。古いものをそのまま残すだけではなく、人々の間で育まれてきた歴史と文化という文法に則って現代的な活用法を模索する。自国文化への誇りがあってこその試みといえるだろう。そんな不断の努力が、人々をひきつけてやまない古城街道の魅力へとつながっているのだろう。