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馬から、すべてがはじまる町_ニューマーケット

競馬発祥の地、ニューマーケット。ケンブリッジから車で30分ほどのこの小さな町は、まさにサラブレッドの聖地だ。早朝から数多くの馬たちが朝の光に照らされて駆け抜けてていく姿は、息をのむほどに美しい光景だ。photos:NAOKI

Lifestyle 2019.10.18

馬から、すべてがはじまる町_ニューマーケット

コンパクトだが驚くほどたくさんの馬たちであふれているニューマーケットはさまざまなドラマを生み出す町。数多くの厩舎や調教場、せり場、競馬場、ジョッキークラブなどなど、いたるところに馬を感じることができる場所だ。

馬と共に生きる人々の暮らし

ベッドフォード・ハウス・ステーブルでは、スタッフも活気に満ちている。屋内準備練習場では、真剣な面持ちのアシスタントライダーたちが馬を走らせ、レース前の調整を行っていた。

競馬の発祥地として知られるその地では、競馬が貴族のスポーツであることを実感するエピソードを肌で感じる機会が多い。朝早くからスタートする一日一日の積み重ねが、馬と共に生きる街の歴史をつくっている。
早朝5時半のウォレンヒル。クライブブリテン厩舎のサラブレッドたちが、一番乗りでこの坂路の調教場に足を踏み入れる。一気に坂を駆け上がり、頂上までゆくと折り返して、ゆるやかな歩みで戻ってくる。早朝から数多くの馬たちが朝の光に照らされて全速力で駆けていく姿は、息をのむほどに美しい光景だ。
ニューマーケットは、とてもコンパクトな町だが驚くほどたくさんの馬たちであふれている。ケンブリッジから車で30分ほどの場所に位置し、競馬の発祥地としてここは知られている。数多くの厩舎や調教場、せり場、競馬場、ジョッキークラブなどなど、いたるところに馬を感じることができる場所である。ジュライコースとローリーマイルの2つの競馬場は常にきれいに整備され、誰もいないその場に立つと、静けさが、これまでの、そしてこれから生まれてくるさまざまなドラマを予感させる。
そんなニューマーケットで、この地に魅了された一人の日本人女性に出会った。30年ほど前からここで暮らす富岡典子さんだ。現在、英国の大学や英語学校などに留学する日本人のサポートをする会社社長をこなし、仕事が終わると自馬を預ける牧場へ直行しては馬に乗る日々を過ごしている。

ニューマーケットで手に入れる、馬三昧の暮らし

友人のリズと牧場の周辺を馬で散歩したりハックに出かけたり、お互いの馬を交換して乗ったりもするという富岡典子さん。彼女が馬を預けている牧場は、地元の村全体を所有するオーナーが個人で所有している牧場で、その敷地は700エーカーという広大なものだ。

「仕事で疲れた後、毎日、馬に乗りに行くのは最初つらかったけど、習慣になった今は乗らないと落ち着かないわ」と話す。ドイツ系の馬の薬品会社に勤める友人、リズと牧場の周辺を馬で散歩したり、ハックに出かけたりお互いの馬を交換して乗ったりもする。彼女が馬を預けている牧場は、地元の村全体を所有するオーナーが個人で所有している牧場で、その敷地は700エーカーという広大なもの。ニューマーケット競馬場の役員を務めるそのオーナーは、自らも冬はハンティング、春はポイント・トゥ・ポイント、子供たちはポニークラブに通うなど家族で馬遊びを楽しんでいる人物だ。その彼のステーブルで、信頼できる仲間とともに乗馬を楽しむ富岡さん。馬が好きで、日本に住んでいたころも馬に乗っていたが、イギリスに来てさらに身近な存在になったという。「家がなくなっても馬は絶対に手放さない」というほどの今や馬好きだ。
5歳のときに馬をプレゼントした息子もまた、その馬を含む3頭の馬を乗り継ぎながら馬術競技を続けていたが、「選手として馬に乗り続けていると、馬に乗ることだけが自分のライフスタイルになってしまう。まだいろんなことにチャレンジしたいと思っているので、これ以上は乗馬を続けられない」といって最近、馬をやめてしまった。彼女が現在乗っている4頭目のサッズは彼が乗っていた馬で、7、8歳時にはショー・ジャンピングで全国大会にも出場する経験をもつ。「彼がやめたのはショックだったけれど、たしかに馬にかかわるとすべてがある意味、馬だけになってしまうから、ね……」。馬はライフスタイルそのものだ、という言葉はそれだけ真剣に馬に向き合い、生活の中心になっているがゆえに発せられるものだ。

人馬一体で生み出される、筋書きのないドラマ
乗馬以外で馬に接する人物にも話を聞いた。ニューマーケットには、かつて競馬のルールにはじまり、その文化のすべてを握っていたといえるジョッキークラブがあるが、調教場の管理や伝統あるクラブの建物を維持・管理する会社というのも存在する。そんな会社の代表取締役を務めるウィリアム・ギタスは、毎朝自分の管理する調教場へ足を運ぶ。そしてその都度、この仕事の魅力を再確認しているという。仕事を通して出会う人のなかには、少ない投資で馬を買う人もいれば、大金持ちの人もいる。「いくらお金を投資しても勝つかどうかはかわらない、お金だけでは思うように操れないものに真剣に向き合う、誰もが平等な立ち位置から追いかける夢とロマンが競馬の大きな魅力ですね」。
騎手と馬がひとつとなって、あらかじめ決められた一定区間をどれだけ速く駆け抜けるかを競うスポーツ、競馬。人智を尽くしたあとに繰り広げられる筋書きのないドラマを目の当たりにしたときに、心の中にスッと入ってくる「何か」が、競馬というスポーツにはあるのだろう。

良家の子息が学ぶ、サラブレッド厩舎のステイタス

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ニューマーケットのせり場、タタソールズには700頭あまりが入れる厩舎がある。

道の両側にびっしりと大小さまざまな厩舎が並ぶ、ベリーロードという通りがある。そのなかで今回訪れた厩舎は、ベッドフォード・ハウス・ステーブルだ。イタリア人調教師、ルカ・クマーニ氏のもので、血統・戦歴共に申し分のない馬を中心に、100頭を越える馬を抱え、その実績からもニューマーケットの名門厩舎と評されている。競馬界では、その実力に加えてイタリア人特有の甘いルックスで人気の名調教師である。訪れた際には、息子のマシューがハックで調教へと向かう場面に遭遇した。
 活気に満ちた空間。真剣に馬と向き合う人々。この厩舎のテーマーカラーであるブラウンを基調にした衣装に身を包んだアシスタントライダーたちが、屋内の準備馬場で馬を真剣な面持ちでウォーミングアップさせている。どこかドラマを感じさせるとても絵になる光景だ。
 そして、ここで注目したい存在がアシスタント・トレーナーだ。イギリスの厩舎はほとんど調教師が経営しているが、ゆくゆくは調教師となるこのアシスタントたちは、家柄の良い若者が多いという。調教の腕があることに加えて、経営者としての能力やスーパーホースのオーナーである世界各国の王族や貴族階級の接待などもスマートにこなせる能力を学ぶ必要がある。調教師はまさにステイタスのある職業として、一目置かれる存在である。その仕事に就く時点でそれなりのパーソナリティーやマナー、知識を得る環境で育っていることが条件とされるのだ。それこそが、その発祥から今日に至るまでの歴史が物語る、競馬というスポーツのステイタスそのものといえるだろう。まさにロイヤルスポーツと呼ぶにふさわしいものだ。その競馬を支えるニューマーケットにおいて、調教師の地位が驚くほど高いのは、競馬発祥の地としての歴史的背景を考えれば当然のことである。

 

ニューマーケットで見つけた競馬用馬具ショップ

ショップの奥には職人たちの姿が。老舗馬具ショップとしての誇りをもってギブソンのクオリティを守っている。サポート体制は万全だ。

競馬の町、ニューマーケットには馬にまつわるショップがたくさんある。その名も「The Horse」というカフェから、馬や競馬に関連する本や雑誌を多く取り扱う書店など。そのなかでも、競馬の馬具がそろう、「ギブソン」は100年以上の歴史を誇る老舗馬具店。こじんまりとした店内の奥には、色とりどりのカラフルな鞍や鞭、競馬用の服やブーツなどが並び、商品の種類も豊富だ。取材でお邪魔した平日昼間の時間でも、数分の間に何人もの客が行き交う盛況ぶりには驚かされる。昔なじみの客も多く、セリ場・タタソールズに近くて立地も抜群だ。店の奥に案内されると、そこには専属の職人が数人いた。鞍などの馬具は彼らの手によって一つひとつ丁寧に修理される。文字通り大量の“患者”たちが回復を待機しているのを見ると、スタイリッシュでも耐久性に富む馬具を作るという創業からのポリシーが頭をよぎる。ニューマーケットに訪れた際には足を伸ばしてみてほしい。ここでしか手に入らないレアものに出合える確率も極めて高いはずだ。

 

ギブソン・サドラーズ Gibson Saddlers Ltd

Queensberry Road Newmarket, Suffolk CB8 9AX
Tel: +44 (0) 1638 662330
www.gibson-saddlers.com