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ハンガリー、気高き騎馬民族の後裔_カッシャイ・ラヨシュ

かつてハンガリーに君臨した騎馬民族マジャル族。その栄光を現代に蘇らせたのがここで紹介するホースバック・アーチェリーの名手であり、その技の普及に日々奮闘するカッシャイ・ラヨシュ氏だ。photos:Yasuo Konishi

Lifestyle 2020.01.10

ハンガリー、気高き騎馬民族の後裔_カッシャイ・ラヨシュ

日本の流鏑馬にも似た騎射が特徴の「ホースバック・アーチェリー」。氏のアカデミーでは鞍やハミなどを使わず、馬とのダイレクト・コンタクトでお互いの意思疎通を図ることを第一にさまざまなトレーニングが行われている。

騎馬民族の伝統を今に伝える、少年時代の夢が現実に

バラトン湖にほど近いカッシャイ・バレーと呼ばれるエリアに、ハンガリーの伝統的な建築法を採用して建てれたカッシャイ氏のアカデミー。道場の内部は、船倉を逆にしたような印象を受ける。そのあちこちに氏がさまざまな資料を研究して生み出された騎射のための馬具が置かれている。

ハンガリーで非常に興味深い人物に出会った。バラトン湖の南30キロほどの場所に住むカッシャイ・ラヨシュ氏だ。
カッシャイ氏は2010年12月に4つ目のギネス記録を打ち立てたことで、その声が国内でふたたび盛り上がった。そのギネス記録とは、投げ上げた12枚の的にカッシャイ氏が矢を放ち、そのすべての的を射ることに成功したというもので、この一連の動作を17.8秒で終えたことがギネスに唯一の記録として登録されたのだ。
カッシャイ氏は騎乗のアーチェリー「ホースバック・アーチェリー」を博物館の展示品や過去の文献などを頼りに、再創したことで知られている人物。
このカッシャイ氏のもとを訪れると、弓や矢、ブーツやプロテクターなどが所狭しと置かれている。
「これらはすべて私が考え、ここでハンドメイドで作っています」と製品の説明をしながらコメントを加える。現代に存在しない競技を過去から学び再生したのだから、道具の一つひとつをとっても試行錯誤の中から生み出されてきたものであることは、まさに驚きに値する。
誰もが抱くであろう、素朴な疑問であるが、なぜホースバック・アーチェリーを再創しようと氏は思い立ったのだろうか。

 

フン族のロマンを胸に抱いて

“ホースバック・アーチェリー”といっても基本は矢を正確に射る訓練からはじまる。歩いて的に近づいていきながら次々に矢を射る、そして今度は少しずつ的から遠ざかりながら同じように矢をいっていく。この訓練を丁寧に行うことで騎射での正確さが増すことは言うまでもない。

「私はそのために生まれてきたようなものなのです。もし、あえてきっかけを言うのであれば、幼い時に母が読み聞かせてくれた『インビジブル・メン』の中のフン族の姿がいつまでも心に焼き付いていることでしょうか」
いつしか脳裏に焼き付いた、ラヨシュ少年は騎射を得意としたフン族の物語と、ともに描かれていたその勇姿に自分自身を重ねあわせ、歳を重ねるにつれて何の迷いもなく、自分がいつかその姿を実現するものだと確信していたと言う。カッシャイ氏の話を聞いていて、この確信はどこから来るだろうかと不思議に思うほどに氏の瞳は自信に満ち輝いている。それは余人には計り知れない直感力が備わっているからなのだろうか。

 

騎馬民族の精神、再びここに蘇り

鞭も何も使わず、お互いの信頼関係だけで馬を自在に操る。疾風怒濤の攻撃でヨーロッパの他民族を震え上がらせてきたマジャル族の原点が、この馬との強い絆にあったことはいうまでもない。氏のアカデミーではこの絆づくりに多くの時間が費やされている。

最初に訪れた事務所から15分ほど幹線道路から離れ、畑の中を走っていくと丘が現れた。ここがカッシャイ氏の「道場」だ。
入り口を過ぎてすぐに急斜面のタマネギのような赤い屋根が特徴の建物が目に入る。ハンガリーを代表する建築家イムレ・マコビッツ氏の設計によるもので、ハンガリーの伝統的な建築様式を採用したという。その裏には池と厩舎がある。15ヘクタールの敷地には屋外の角馬場と、室内馬場、覆い馬場がある。
ここはカッシャイ氏が主宰するホースバック・アーチェリーの学校であり、訓練場だ。現在、14カ国に支部を持ち、300人の生徒がいる。そのうち200人がハンガリーだと言う。

 

手綱も使わず自在に馬を操る信頼感

鞍もあぶみもつけずホルターだけで馬をコントロールして、まずは池の中に入っていく。その後、馬場に戻って馬と向き合いながらさまざまな訓練を行う。取材したのが夏ということもありほとんどのライダーが裸同然の出で立ちで馬と対峙する。

氏の案内で施設を見学しているうちに、その日の訓練生がやってきた。全員がタンクトップにショートパンツ、ブーツや手袋など乗馬に欠かせない副装品をまったく身につけず、素手・素足のまま馬に寄り添っている。そんな彼らが騎乗して最初に行うのは、馬に乗ったまま池の中を進むこと。これが終わると、屋外の馬場へと向かう。ここでは手綱を持たずに合図ひとつで自在に馬を操るトレーニングを行う。馬の下をくぐり一斉に手を叩くことを繰り返しても馬は微動だにしない。そして特筆すべきは、この一連のトレーニングでは一切“鞍”を使わないことだ。馬とのコンタクトをよりダイレクトに保つことで、僅かに向きを変えるといった騎射に欠かせない微妙な指示が可能になるということだが、人と馬の身体だけでお互いの意思疎通を図るというのは至難の業であることはいうまでもない。カッシャイ氏でさえここまでの信頼関係を馬との間に築き上げるには、多くの時間が必要だったと言う。

 

騎射のための騎乗バランスを身につける

手綱も持たず、アイズ一つで自在に馬を操るトレーニング。馬に駆け寄りそのまま馬の下をくぐり、一斉に手を叩く。これだけの動きに対しても馬は一切動かない。いかに日頃の馴致の中で馬と人との信頼関係が構築されているかの証でもある。

次に室内馬場でアーチェリーの訓練が始まる。最初は馬に乗らず地上で歩きながら弓を射ることからはじまる、次第に的に近づいていき、最接近したところで今度は後退しながら弓を射る。それを一通り終えると、次々に投げ上げられる的に向け矢をいる訓練を行う。こうした一連のアーチェリーの訓練のあとに、ついに待ち望んでいたホースバック・アーチェリーの訓練が始まった。騎乗したまま障害を越えたり、吊り下がったサンドバッグを叩いたりと、騎乗姿勢を安定させるためのバランス訓練を念入りにこなしたあとで、ついに弓矢を手にする。
騎乗で10メートルほどの距離から次々と矢を射る。さすがにカッシャイ氏の技は完璧だ。実戦での騎射を想定して放った氏の矢はすべての的を正確に射落としていく。これを3周ほど繰り返したところで、この日の訓練が終わった。
騎馬民族の伝統を現代に蘇らせるという思いがこうして結実しているのを目の当たりにして、圧倒されるばかりだ。それはただ単に技を踏襲するということではなく、その民族の誇りまで含めた騎馬民族の精神が確かにここで蘇り、受け継がれていることを確信した。

 

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